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<書評>樋口 恵子編『介護 老いと向き合って-大切な人のいのちに寄り添う26編』

2017.10.30 UPDATE

<書評>樋口 恵子編『介護 老いと向き合って-大切な人のいのちに寄り添う26編』
(ミネルヴァ書房 2015年)

 近年「介護の時代」と言われ介護の問題を取り上げない日がないくらいである。どうしてこんなに介護が注目され、介護に関わる人が必要とされるようになったのか。それは超高齢社会が到来し高齢者特に寝たきりや認知症高齢者が増えてきたこと、これからも増えつづけると推計されるからだ。介護問題は他人事ではなく自分の問題として考えなくてはならない。本書はミネルヴァ書房が公募した「介護体験記」に応募総数444作品が寄せられたなかから選考委員長の樋口恵子氏をはじめとした選考委員、沖藤典子氏、袖井孝子氏、望月幸代氏、渡邉芳樹氏,結城康博氏の計6名による選考を経て決定した。最優秀『実母の介護』、優秀『母からのプレゼント』、『南天の花』、『男性ヘルパ-』と佳作22作品の26編を書籍化したものである。
樋口恵子氏は1932年5月東京都出生。東京大学文学部美学美術史学科卒業。在学中、同大新聞研究所で特別研究生としてジャ-ナリズムを研究。時事通信社、学習研究社、キヤノン勤務ののち、1971年フリ-の評論家となり福祉、教育、老後、消費者問題など幅広い評論活動をしている。女性運動にも積極的に参加。現在東京家政大学名誉教授、女性未来研究所所長、NPO法人「高齢者をよくする女性の会」理事長など歴任。著書に『私の老いの構え』、『人生100年時間への船出』、『女一生の働き方-貧乏ばあさん(BB)から働くハッピ-ばあさん(HB)』、『自分で決める人生の老い方』など数多くの作品がある。
 本書の目的は、介護体験記をよせられた方々の苛酷な、時に地獄を見、鬼になる瞬間、そのような葛藤を乗り越えて、力強い達成感と幸福感を体験されてこられた「生の声」を全国で介護に携わる家族・医療・介護職の方々へ励ましのエ-ルをとどけることである。
最優秀作品『実母の介護』は実母と15年間生活を共にし、85歳になった娘が105歳の実母を看取るという、超高齢社会のなかで驚くべき老老介護の風景が描かれており、長寿時代ならではの介護実態である。母は「命令しない、反対しない、不足を言わない、怒らない」に徹した「介護され上手」であった。介護のなかで玄孫1歳、と母102歳の生活を比較し成長するものと去りゆくものの不思議な輪廻を表している。母親としての威厳を保ちつつ、介護されるという状況を受け入れ、死装束を準備して最期を迎えるという潔さは私たちに高齢者はかくあるべしと教えられた作品である。
優秀作品『母からのプレゼント』は93歳で他界した実母を17年間にわたる娘の介護記録である。母の口ぐせである「イチ、ニッ、サン」で一日が始まる。しかし娘には耳障りであった。次第に一人で歩くことが臆病になった母を危なくないかを確認するために「いいか、いいか」と声掛けをするうちに「イチ、ニッ、サン、いいか、いいか」と訊くのがいつの間にか「イチ、ニッ、サン、イカ、イカ」になった。「大丈夫だよ」と言う代わり「シ-、ゴ-、ロク、たこ、たこ」)という介護の「いか」「たこ」合戦が繰り返される。母娘の漫才のような毒舌バトルが展開するようになり気が楽になる。そして、身体的には娘が母の手足になって、精神面では母が娘を支えていた事に気づく。介護したからこそ、母の人生や気持ちを知ることができ、一番身近な存在なのに、身近すぎて本当は何も知らなかった、母の介護をとおして老いることの意味を知り、人生の指針を得た娘。介護の葛藤を詳細に書き込んだ興味深い作品である。
優秀作品『南天の花』は脳梗塞で倒れ、2年近く病院で治療。その後本人の希望で在宅介護となる。介護を受ける母は91歳寝たきり。介護を担う娘たち4人。4組の夫婦8人の平均年齢は64歳。母親はいくつになってもどんな姿になろうとも、子供に教えようとする親の愛の深さと凛とした威厳を示す。例えば、南天の四季の移り変わりについて「梅雨時に目立たず咲く小さな白い花」、「どんなに強い風雨にうたれても、実を落とすことはない」、「南天は、難を転じるといわれ、災いを避けてくれる」等々。ベッドでじっと横になって窓の外を眺めながら抱いた思いは、このままの暮らしがつづくとしたら辛く、不安の日々であっただろう。しかし、寝たきりでも日常の何気ないことも五感を使って幸を味わい人生を豊かにしていたことなど心温まる美しい体験記である。
優秀作品『男性ヘルパ-』は30代後半から飛び込んだ介護職男性の話である。介護職の仕事は父親には歓迎されなかった。男性は施設とは違い、高齢者と一対一で向き合える在宅介護を選んだ。掃除、買い物、調理など生活援助がメインである。同性介護が基本の職場で97歳の女性(ミチコさん)介護を受け持った。ミチコさんは介護職とは社会的に地位が低く、賃金も安く、離職率も高いという実情をよく知っていた。「若くて健康な男性がする仕事ではない、もったいないから」と他の職業を薦めた。だが、「介護の仕事が好き」という男性ヘルパ-の思いを次第に理解して信頼を寄せるようになっていった。ミチコさんは男孫に介護職を薦めるほどになる。男性ヘルパ-は介護職とは「承認される喜びを積み重ねる職業ではないか」という。この言葉は介護で働く人々の励みになることだろう。
佳作作品にも皆いずれ劣らず素晴らしい感動作である。その中でも胸詰まる作品は、『箱入りパパ』である。結婚21年目、夫は膜下出血で倒れた。夫の介護のなか認知症の実母を引き取った。二人合わせて「要介護度10」の介護である。二人の介護は思いのほか順調であった。同居して2年目に母は呆気なく亡くなった。その後、介護者である妻は更年期障害にみまわれ不眠、動悸、情緒不安定となった。ある日、夫の首に手をかけようとしてベッドに覆いかぶさった。そのとき夫は「イヤだ。迷惑をかけて悪いけど、もっと一緒にいたい」という声で我に返る。介護保険を活用していても介護がいかに苦悩と疲労に満ちているものか訴えている優れた力作である。
さて、ここで介護保険について考えてみよう。
2000年4月に施行された介護保険法とは加齢に伴って生ずる疾病等により要介護状態となった者等が、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、保険医療サ-ビス及び福祉サ-ビスに係る給付を行うこと(要介護者等について介護保険制度を設け、その行う保険給付に関して必要な事項を定めること)を目的として創設された法律である。
介護保険法施行以前は、介護は家族が行うもの、特に女性(嫁)が担っていた。また、福祉援助が必要な高齢者に対して行政が税金を使い必要なサ-ビスを提供する「措置制度」で行われていた。介護保険制度は行政措置とは異なり、介護サ-ビス事業者と利用者の「契約」で成り立っている。介護保険の財源は、公費(国+都道府県+市町村=50%)と40歳以上の国民が支払っている介護保険料(50%)である。つまり介護を受ける側にとっては支払った保険料で堂々とサ-ビスを受けられるのである。
介護保険は時代の変化に応じて法や制度を5年ごと見直し改正しながら進められてきた。2015年には16年目に突入し4月に改正が行われた。そのねらいは、高齢者ができるだけ住み慣れた自宅で介護を受け続けられるように、地域の介護サ-ビス事業者や医療施設、家族が連携を図り、地域全体で高齢者を見守る「居宅介護支援」の態勢を整えるという点である。その理由には3点あげることができる。1点目は高齢者の急速な増加に伴って、保険給付と費用負担のバランスが崩れているため、持続可能な制度にするためには、地方自治体や個人に負担してもらうこと。2点目は高齢者の多くが自宅での介護を望んでいること。3点目は急増している認知症の高齢者にとって環境の変化は望ましくないことなどである。そして、公的施設への入居資格などが変更になった。これまでは、要介護度1の高齢者でも、空きさえあれば入居できたが、今後は要介護度3以上でないと申し込みすらできなくなった。さらに介護保険サ-ビス利用負担額は全ての人が1割負担であったが2015年8月から「1割負担」と「2割負担」(単身で年収280万円以上、2人以上世帯で346万円を超える人)と2種類になった。
介護保険の課題は介護労働者不足と高齢者の保険料負担である。
厚生労働省によると、2015年9月15日時点、65歳以上の高齢者人口は3千395万人、高齢化率26.7%である。団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になる2025年には3千657万人に達すると見込まれ、介護労働者数が37万7000人不足すると推計している。日本をはじめ主要国では急速に高齢化が進んでいる。しかし国レベルで法的に介護制度が整っているのは日本やドイツ、韓国など少数の国に過ぎない。国際労働機関(ILO)によると、世界では1360万人の正規の介護労働者が不足し、65歳以上の半数に当たる約3億人が必要な介護を受けられていない。公的支出も不十分な状況である。介護政策が世界の重要な課題になっている。
介護保険では保険料を払っていてもサ-ビスを利用すれば費用がかかる。65歳以上の高齢者の場合、原則として「1割負担」だ。負担額は、要介護度に応じて差が生じてくる。「要支援度1」という段階から、寝たきりの人が多い「要介護度5」まで7段階ある。「要介護度5」になると、1か月の在宅サ-ビス限度額の自己負担額(1割負担)は3万6065円(利用できるサ-ビス料金は地域によって異なる)が必要になる。さらに、介護サ-ビスを受けていなくても、毎月の介護保険料(低所得者には軽減措置がある)を支払う必要があるが、それさえ払うことが難しいという高齢者も少なくない。その保険料を払えずに延滞している高齢者も2年以上延滞すれば、ペナルティとして、介護サ-ビスの利用料が「1割負担」ではなく「3割負担」となってしまう。保険料さえ払う余裕のない高齢者にとって3倍の利用料を払うことは容易ではない。結局、介護保険を利用することができない。「まだ、大丈夫。お金がもったいない」と介護サ-ビスを受けずに、自分で何とかしようと無理しているうちに、気が付けば「介護サ-ビスを受けたくても、受けられない」状況に陥ってしまうケースがある。   
ベストセラ-『下流老人』の著者でNPO法人ほっとプラス代表理事の藤田孝典氏は警鐘を鳴らしている。下流老人とは藤田孝典氏の造語で、生活保護基準相当の収入で暮らさざるを得ない高齢者およびそうなる恐れのある高齢者を指す。生活保護費の額は自治体によって異なるが、首都圏で暮らす一人暮らしの高齢者の場合、月額約13万円程度。これに加えて、医療扶助、介護扶助が支給される。しかし、生活保護費より低い水準で暮らしている人は、かなりの数に及んでいる。内閣府の調査によると、65歳以上の相対的貧困率は22%。つまり5人に1人は、下流老人である。困窮する子どもの世代に頼れず、過疎化する地方で地域社会からも孤立する高齢者が増えている。その状況で、大きな病気やケガをすれば現役時に豊かだった人でも貧困に陥りかねない。現在、一般サラリ-マンの平均年収は約413.6万円(国税庁)。その場合、年金生活になると国民年金と厚生年金を合わせた年金は月約23.1万円(ここから15%~20%の所得税が引かれる)である。年金で生活している高齢者夫婦は、首都圏の生活保護基準と変わらないことになる。その上、高齢になれば誰にでも起こり得る事態(ケガ・病気等)で医療費が必要になったり、介護施設に入るとなると一気に生活は破綻してしまう。このような境遇に置かれた高齢者をNHKプロデュ-サ-の板垣淑子氏は「老後破産」と呼んでいる。年金額は引き下げられ医療費や介護費用の負担は増している。社会保障制度が超高齢社会の実情に追いついていないといえる。
本書で驚いたことは介護されている人が超高齢者だということである。厚生労働省(2015年7月)は2014年分の簡易生命表によると、平均寿命は男性80.50歳、女性86.83歳で長寿時代である。高齢になればなるほど単身女性が多い。高齢女性の抱える最大の問題として、生活費が自分で賄えるかという経済面の不安である。その理由として①男性と比較して教育の機会とか性差別賃金の不平等が存在していた時代が挙げられる。②低年金・無年金となっている高齢女性もいる。1986年4月の年金制度改正で20歳以上60歳未満の国民に年金加入が義務付けられた。それまでは、被扶養者(専業主婦など)は任意加入であった。現在80歳以上の女性は保険料未払いがあったり、加入期間が短かったり、国民年金に加入時が過ぎていたりして、低年金、無年金者となっている人もいる。③男性は有償労働を担い、女性は家事、育児、介護等の無償労働で家庭を守っていた。働いてもパ-トなどで割が悪い。このように年金をはじめとする社会保障につながりにくく高齢女性は経済力に乏しい。老後に不安を抱く人は少なくないだろう。介護保険法は「介護の社会化」を謳い文句に施行された。在宅介護をしている家族に現金手当支援等があればもっと楽に在宅介護ができるのではないだろうかと評者は考える。
本書の介護体験の中でも多くの作品が、介護保険を賢く使って在宅ケアの負担を軽くしている事がうかがえる。ケアマネジャ-の導入、介護現場の求めに応じ医療関係者も参画し「要介護者」に多様なサ-ビスを積極的に展開がなされている。今後、地域の在宅支援活動がより充実し、多種類の方々の連携プレイでうまくつながっていけば、安心して自宅で最期を迎えられるのではないだろうか。本書は高齢者と介護者の普遍的な特徴問題を示し前向きに戦っている様子、実際介護体験した人でなければわからない奥の深さも伺い知ることができた。介護の日々は長丁場である。介護者自身は肩の力を抜き心身健康に気を付け、人の縁や繋がりに感謝し、周りから孤立しないことである。人生のなかで誰しも支えが必要とする時期がある。大切な人の命に寄り添うことから得られるものが苦痛だけではなく、喜びや多くの教えられるものがあったと介護体験をプラスにとらえていた。最後に本書体験記が介護の渦中にいる人の役に立ち励ましなることを心より願う。

伊里タミ子(地域住民へのサ-ビス提供会社「よろず屋」代表)
toshio-tami@purple.plala.or.jp